2010年3月 カルフォルニアへ夫を迎いに

2010年3月17日 (水)

夫救出のためカリフォルニアへ7~旅は最後までドタバタ

heart04もう飽きてきた方達も多いことかと思いますが、

まだ夫救出話です。heart04

最初からお読みになる方は6つ前の記事からお読みくださいね。

面倒ですみません。

さて、いよいよ飛行機に乗って、LAからシカゴへ帰れる。

本当はもう少しいて観光したかったから、悲しいけど、嬉しい。

こういうのを、英語でbitter-sweetというのかな?

帰りは、夫が術後ということで、

夫の勤め先の人が気を利かせてファーストクラスを取ってくれた。

私の分は自腹なので、家計に相当響くけれど、

こんなことでもなければ一生ファーストクラスなんて乗らないだろうから、

まあ、いい経験だ。♪♪♪

Fc 

乗り込むとまず最初にコートをハンガーにかけてくれることに感動。heart02

そんなこともしてくれるのか~。

一生知らないで終わるところだった!

ファーストクラスのルールを知らないため、

周りの動きを観察してしまう。

私の「周りを観察する癖」は、小さい頃からだけど、

アメリカに来て、英語の聞き取れない時期に余計するようになった。

その割には昨日のバス乗り場のような失敗してるけどね。sweat02

夫は、やはりやわらかい椅子にゆったり座らないと体が辛く、

このファーストクラスの席には助けられた。

ふっかふかheart04

シートの幅が広くて、落ち着く~!lovely

コーヒーも食事も全て陶器の食器で出てくるし、

ナプキンは紙ではなくて布だ。

FAの笑顔さえ違う。

恐らくFAの彼女達も、ファーストクラスにいるときは

笑顔が無意識に大きくなってしまうのではないのかしら。

昔からユナイテッド航空にはいい印象が無かったのだが、

なんといってもコーヒーがスターバックスのコーヒーで、とても美味しかった。cafe

これは、エコノミーに乗っても同じコーヒーが飲める。

コーヒーだけのことだけれども、私の中でユナイテッドの株は急上昇!

サービス業は、小さなことが大事ね。

この便は、はじめの方はよく晴れていて、

地上がよく見えた。LAを離れてすぐに何も無くなり、

二時間くらい山しか見えない。広大な山岳地帯が続く。

P1030550

改めて、アメリカは広い、と感心した。

シカゴまであと1時間位の所で、雨雲の中に入り、

すごく揺れて怖かったが、なんとか予定通りにシカゴ空港へ着陸した。

この時すでに夜の8時過ぎ。

子供達を預かってもらっているお友達に、

荷物を受け取ったらすぐにお迎えに行くので、と電話した。

ところが!荷物が出てこない。私達の荷物だけではなく、

乗ってきた飛行機の荷物が全部出てこない。

周りのアメリカ人達は、まちくだびれてコンピューターを取り出して

仕事をしている人もちらほらいる。

40分待っても出てこなくて、オカシイ、と思いはじめたころ、

荷物の載るベルトコンベアーが、ピタッと止まった

Turn

それでも、周りのアメリカ人たちは、何もしない。

本当に、アメリカ人というのはのんびり待つことが出来る人々だ。

説明のアナウンスも何もないのに、ジーっとしている。

夜遅くて、近くには係員は誰もいないので、

私は少し歩いていったところにある、荷物の苦情係の所へ行った。

Imagescamkx7j9_2

係りの女性に事情を話すと、どこかに電話してくれて、

「雷が鳴っているので、荷物を出せなかった、と言っています。

これからすぐ出すそうですから、お戻りください。」と言う。

「蕎麦屋さんの出前」でないといいけれど、

と思いながら後ろを振り返ると、同じ便に乗っていた人たち5人が、

係りの人が私に話している言葉を聞いてきびすを返して戻る所だった。

どうしてアメリカ人が何十人もいるのに、私がお問い合わせ係なの~!

みんな、もっとしっかりしようよ。

一緒に後ろから付いて来た彼らはまだいい。

もとのベルトコンベアーの所に戻ると、何十人もの人々が、

私の得た情報も全く知らないのに、

未だにのんびりとひたすら荷物を待っている。

彼らは日本に来たらきっと困ることだろう。

なんてのんびり屋さんばかりだ。

私も、結構のんびりしているけれども、

この時は子供のお迎えに行かなければいけなかったし、

夫は疲れているしで、気が焦っていた。

更に10分ほど待った頃、荷物がやっと出てきたが、びしょびしょだった。

荷物を運んでくれる人達も寒いのに濡れたのだろう。

立派な人々である。

オヘア空港で拾うタクシーは高いので、

私達は予約していたタクシーに乗り込み、やっと帰途につくことができた。

お友達の家に着いたら10時過ぎだったけれど、

かわいい息子達に会えて本当に嬉しかった。

考えてみたら前日の朝に別れたばかりだったのに、

一週間くらい離れていた気がした。

一日しか空けていなかった家だけれど、帰り着いた時はなんとも懐かしかった。

~Home Sweet Home~ という言葉が頭に浮かんだhappy01

2010年3月16日 (火)

夫の救出のためカリフォルニアへー6~もうすぐで終わりなのに、、、

またまた今日も昨日のお話の続きです。

最初から読むには、4つ前の記事まで戻ってくださいね。

先週の木曜日の朝のこと。この日、夫の盲腸の手術のたった2日後だけれども、

私達はシカゴへ帰ることになっていた。

ホテルの部屋はミニキッチン付きだったため、

朝から夫のためにシカゴから持ってきたお米でおかゆを炊いたら、

夫はそれを平らげた。

中々体調は良さそうである。

歩くたびに傷に響くため、夫は亀のようにゆっくりと動くが、

何とかシャワーも浴びてシカゴへ帰る準備が出来た。

間違って触ったりすると、亀なのに飛び上がって痛がっているけれど、

何とか飛行機に乗れそうだ。

Untitled

次の私のチャレンジは、知らない都会での運転である。

私は都会のハイウェイではいつも自主規制でハンドルを握らないというのに、

今回は選択の余地が無い。

多分、衝突しないで、多分、怪我もしないで、

多分、目的地の空港までたどり着けるはずだ。

前にもチラッと書いたが、私は運動神経ゼロ、

あちらこちらに必ず一日に一回ぶつかる

clumsy女王だ。

私にとって運転は、本来なら禁止されるべきことなのに、

アメリカに住んでいるため、仕方なく近所だけウロウロしているのだ。

この場面で、横で苦しんでいる亀夫は頼りにはならない。

仕方ない、昨日の記事で、あれだけ馬鹿にした、これにお願いするしかない!

                               ↓

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悔しいけれど、背に腹は変えられない!

昨日は「もう信用しないぞ!」と思ったものの、

「ロサンジェルス国際空港」を見つけられないほど情けないナビ等あるはずがない、

と思ったのだ。

ナビをセットし、車は快調に走り出した。

高速に入るまでの道の選択がオカシイ、

とやはりナビを疑ってどうも全幅の信頼は与えられなかったが、

程なく高速に入って、ちゃんと空港方面へ走っている。

やれやれである。

実は、私はナビを使って運転するのは初めてだったのだが、

使ってみるとなかなかいいではないの!

ナビというのは、どうもちょこまかした道の選択が苦手なようだが、

高速に入ってしまうと、とても楽だ。

前日のナビに対する恨みは、空港に着く頃にはすっかり消えた。

たまに失敗するからといって、一回で見切りをつけてはいけないのだと学んだ。

これは、人間関係と同じだ。

たまに失敗するからといって見切りをつけていたのでは周りに誰もいなくなってしまう。

車は空港に着き、夫はあまり動かない方がいいと思ったので、

出発便のカウンター近くのところで降ろし、私はレンタカーの返却に行った。

レンタカー会社は2キロくらい離れていて、

空港へはシャトルバスで戻ってこれる。

空港は巨大で、出口がよく分からず、

私は同じところを3回くるくる回ってやっと公道へ出ることが出来た。

この後は、ナビ君が私をレンタカー会社へ連れて行ってくれる。

ところが、ナビ君が教えてくれた道順は非常に怪しい界隈を通り、

私がまたナビ君を疑ってきた頃、

やっとレンタカー会社の看板が見えた。

車は外で返せるようになっていて、

建物の中に入る必要はなかった。

車を返した時、係りの人が、空港までのシャトルバスを指して、

「あれに乗っていって下さい。」と教えてくれた。

トイレに行っておいた方がいい、と思ったので事務所の建物の中に入って、

用を済ませ、さっき見たバス乗り場へ向かった。

バス乗り場で待っていると、2台バスが来た。

しかし、人が降りるばかりで待っている人達は誰も乗り込まない。

ドライバーが「乗っていいですよー。」と声をかけてくれるのを待っているうちに

その2台は行ってしまった。

「おかしいかも。」と思っていると、

他に待っていた人たちは、バスに乗り込むのではなくて、

借りたばかりのレンタカーに乗り込む人達だった。。

「あれー?」と思ったとき、バスが又2台やって来た。

今度は、「空港まで行きますか?」と、ドライバーが行ってしまう前につかまえて聞いた。

すると、「これはだめですよ。乗せられません。」と言う。

それで、もう一台のバスのドライバーにも、

「空港まで行きますか?乗りたいのですけど!」と、声をかけたら、

「それなら建物の反対側へ行ってください。ここは降りるだけです。」と言う。

ガーン!またやってしまった!coldsweats02

私がバスに乗り込もうとして15分も待っていたロータリーは降車用で、

反対側に、さっき見た乗車用のロータリーがあるのだった!

降車用と乗車用のロータリーの作りがほとんど同じだったので、

全く疑わないで、ひたすらそこで乗れないバスを待っていたのである。

今回の旅はどうもスムーズに事が運ばない。crying

空港の回りを3回もくるくる回っていたことと、

建物の前と後ろを間違えたことは、夫には言わないでおいた。

レスキュー隊員というのは、頼りがいがないといけないので、

これは、企業秘密だ。

さて、私は建物の反対側に行って、

空港までシャトルに乗り、さっき夫を車から降ろした所で夫を見つけ、

予約しておいた車椅子に夫を乗せて空港内を移動し、

無事に飛行機に乗り込むことが出来た。

空港の中にはハワイ行きの、サンドレスをヒラヒラさせた人々もいたというのに、

私は一泊二日で夢のカリフォルニアから去らなければならなかったのだ~~!!

Img_0079

この写真は、夫が倒れる前に写したVenturaの海岸。

私が結局海を見たのは病院の窓からだけだった~。

もっといたかったなあ~!またいくぞ~!

この時点で、まだ飛行機に乗り込んだだけだ。

家に着くまでは気を許せないぞ~!bearing

続く。

2010年3月15日 (月)

夫救出のためカリフォルニアへー5~夫を発見!

これは、昨日の記事の続きです。

先週の水曜日に起こったことですが、まだ書いています。長くてすみませーん。

昨日のお話はこちら

やっとこさ夫のいる場所が分かった私は、

ほっとしたと共に、また移動しなければいけないストレスで凹んでいた。

しかし、そうも言っていられない!

進み続けなければ道は開かれないのだ!

なーんて、大げさなこともないのだけれど、

取り合えず教えてもらった道順をたどって、夫のいるという病院へ歩き始めた。

こんな時にありがたいのは、やはりカルフォルニアの緑と太陽だった。

(しつこい?しかし、陽気がいいのに飢えているのよ、シカゴ人。)

P1030553

                   カルフォルニアのお花さんですよ~♪

寒くないのって、何ヶ月ぶりだろうか~!

冬眠から目覚めた熊の気持ちが分かる。(本当か?)gawk

その目的の病院は幸いなことにすぐ近くにあった。

さっきの経営困難そうな病院とは桁違いに大きな建物が前方に見えている。

白い巨塔が目に眩しい。

歩いていると、私の携帯が鳴った。

夫からだ!

遅すぎる~~~!!!crying

「どうしてそこにいるの?あなたが教えてくれた住所と名前とは違うけど!」

と聞いて、話していたら、

「ナビの言うとおりに来たらここに着いたんだ。」

と言うのです!

何?それ???

その時まで彼は、

自分は「Ventura County Medical Center」にいると思い込んでいたわけ。

お腹が痛くて、看板なんて見なかったのね。

更に細かく聞いたところ、やっぱりナビが間違っていたとしか思えないのです。

皆さん、機械なんか信用しちゃ駄目ですよ~!!

機械はおばさんの敵だ!

Untitled                     これこそ Epic Fail!(長男の口癖)

これが、私みたいな在米14年の強いおばさんだったから良かったようなものの、

いたいけな若奥様だったら、どうなっていたことか。

これが14年前でなくて、本当によかった。

さて、スーツケースをゴロゴロ転がし、

おばさんらしくずんずん歩いて夫のいる病院へやっとの思いで着いた私は、

とうとう彼に会えた。

あー、よかったー!

もう、この時は、キスもハグも手を握ることもしている場合ではなかった。

へたり込みたい気持ちだ。weep

夫は手術の翌日なので当然ベッドに寝ていた。

電話では元気そうだったのに、会ってみるとやっぱり病人の顔をしていた。

いつも24時間飛ばしている鉄人のような夫だが、さすがにやつれていた。

さて、今度はすぐに退院して、ホテルへ行かなければいけない。(切り替え早い!)

盲腸の手術は今は腹腔鏡で行われるため、

アメリカでは手術後1泊で退院なのである。

可哀相だったけど、ただの盲腸炎で本当に良かった。

退院の手続きをしてくれたのは、フィリピンから来た、という看護師だった。

噂で、カルフォルニアの看護師は移民がとても多い、

と聞いていたが、この病院もそうだと言っていた。

同じアメリカでも、カルフォルニアとテネシーでは大違い。

シカゴは都会なため移民が多いけれども、

テネシーで英語にアクセントがある看護師には、滅多なことでは出会わない。

さてさて、無事に夫は退院し、私は夫をホテルに寝かして、食事に出た。

ここ2日、ろくな食事を摂っていなかったので、

「シカゴに帰る体力をつけるためにはステーキだ!」と思い、

デニースそっくりのレストランで一人でステーキセットをたのんで楽しんだ。

Carro

午後3時過ぎのファミレスは空いていて、

息子達が一緒にいないのが不思議な感じがしたが、

一仕事終えた後のステーキセットは美味しかった。(アメリカのファミレスレベルですが。)

Steak_3

食事を終えて、ホテルに帰り、夫が借りたレンタカーの延長を電話で頼み、

明日の空港で夫が歩かなくていいように車椅子を予約するために電話して、

やっとその日にやることが終わった。

やれやれ、である。

後は、翌日、夫を連れてシカゴへ帰るだけだ。

それにしても、彼は明日ちゃんと歩けるだろうか?

(つづく)

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2010年3月14日 (日)

夫の救出のためCAへ-4~夫はどこ?

昨日の続きのお話です。昨日のお話はこちら

さて、夫のレスキューのためにカルフォルニアの入院しているはずの病院まで

何とかやって来た私は、

取り合えず玄関を入って受付へ行った。

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もうすぐ苦しんでいる夫に会える。

こういう時は、アメリカのドラマだと手を握り合い、ハグしてキスして、

「ハニー!無事でよかったわ~!」なんてことになるはずだ。

Imagesca46njc0                        こういう感じheart02

しかし、私達は日本人なので、

人前で抱き合う、というのはちょっとね。

しかし、周りに人がいる場合、

遠くから声をかけるだけだと変な夫婦に見えるだろうな、と思い、

どうしたもんか考え、最低でも手を握るくらいはしたい!と決めて、

頭の中でシュミレーションしてみたりした。

なんといっても、こんなことは滅多に起こらない。

私の夫に対する愛を示すいい機会なのだ!

優しい声をかけて、寂しかった心を癒してあげたい!

さて、話は戻って、場所は病院の受付。

「夫が盲腸の手術を昨日受けて入院しているはずなんですが。」

と言うと、受付の人はおもむろに携帯電話でどこかに電話して問い合わせている。

この受付、簡素な平机に女性が2人座っているだけで、

備え付けの電話もコンピューターもなかった。

さっき5分で急ごしらえしたかのようである。

コンピューターのない受付なんて、初めて見た。

なんだか嫌な予感がして周りを見回すと、なんとも財政困難そうな病院である。

電話をしたものの、主人を見つけられない受付嬢は、

更に2箇所に電話していたが、主人は見つからない。

「もしかしたら向かいにある違う病院にいるかもしれませんね。」と言って、

受付嬢はその病院にも電話してくれたが、

そこにもいないと言われた、と言う。

そんなはずはないのに~!crying

主人の携帯に電話してみたが、2回かけてもでない。

こんな時はいつも出ないのよね~!

「では、外科手術の後に入院する病棟はどこですか。行って訊いてみます。」pout

と言ったら、

「絶対にいないのに、ここから入れてあげることは出来ません。」

と言って通してくれない。

セキュリティの厳しいのが、腹立たしい。私、段々焦ってくる。crying

私はシカゴからはるばるやって来たのだ。

なんとしても夫を見つけなければならない!!

どうしようか考えて、どこかに忍び込むドアがないか探したが、

相手もガードが固い。どこにも入り込む余地はない。

八方ふさがりというのは、このことだ。

もう、この受付にいてもだめだ、と思い、

夫がERに最初行った、と言っていたことを思い出し、

スーツケースを引きずってER までとことこ歩いていった。

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ERに着いて、今度はコンピューターのない受付は無視して、

事務の窓口が3つあったので、

その中で一番賢そうなお姉さんを選んで事情を話すと、

彼女はコンピューターを持っていたので、(今の時代、当たり前だ!)

コンピューターで調べてくれたが、やっぱり夫はいない、と言う。

もしかしたら、もう退院してしまったかもしれない、と思い、

過去に夫の記録がいつでもいいのであるか見て欲しい、と頼むと、

やっぱり無い、という。

もう途方に暮れた。

しかし、彼女もまた「向かいの病院かも。」と言って、

電話をかけてくれたら、

今度は「あちらの病院にいらっしゃいましたよ。」と言う。

どうして、さっきはいないって言われたのだろう?

でも、とにかく見つかった~!でも、違う病院にいた~!

今日はとても忙しくて、ここまでで失礼します。

続く。

2010年3月13日 (土)

夫救出のためCAへー3 着いたけど。。。

昨日の続きの話です。昨日のお話はこちら

今週の水曜日の朝、子供達にお別れの挨拶をして、

私は予約しておいたタクシーに乗って6時に家を出た。

主人は結局ただの盲腸炎で、手術も上手く行った、

という連絡が前日の夜に来ていた。

お医者さんはすぐ飛行機に乗って帰ってもいい、とおっしゃるので、

なんと手術をしてたったの2日後の木曜日に

カルフォルニアからシカゴに帰ることにして、飛行機も予約してある。

後の心配は、ちゃんと夫が予定通りの木曜日に飛行機に乗れるか、

ということだった。

無理があるのは分かっているけれども、

子供達を友達に預けて来ているし、

土曜日には小学6年生の長男君の日本語補習校の卒業式で、

出来れば早く帰りたい。

しかし、なんと、ドナの予約してくれた飛行機は、

私が「絶対に乗らないぞ~!」

と、この前宣言したばかりのユナイテッド航空だった~!

そのお話は、こちら

ちょっとどきどきしたけれど、見回したところにボディスキャナーは無かった。

なーんだ!ホッ!まだ導入されていないのかなあ?

飛行機に乗ってから、せっかく窓際なのにずっと雲海しか見えなくて、

「暗雲たちこめる」という感があったのだが、

LAがあと一時間くらい、という所からキレイに晴れて下界(?)が見えた。

P1030552

どこだか見当もつかなかったけれど、山。この後何十分も山しかなかった。

そこで、以前カルフォルニア方面に行ったときに、

グランドキャニオンが見えたことを思い出し、退屈なのもあいまって、

下界(?)を観察。

しかし、キャニオンっぽいものは見えるものの、

グランドキャニオンはなかった。

実は、帰りの飛行機はずっと晴れていたので、

今度は見えるかも、と思った私はまたグランドキャニオン探しを

していたのだが、シカゴに着いた時に気がついた。

私は、引っ越したのだった!

グランドキャニオンが見えたのは、

ナッシュビルからカルフォルニアへ行ったときだった!

シカゴからじゃなかった!

夫が緊急手術ということになり、気が動転していたので気が付かなかったのか、

それともボケが始まったのか~!

私、マズイかも~!

飛行機に乗って、約4時間半、無事にロスに到着。

Imagesca0szfzr                      LAX(ロサンジェルス国際空港)

今度は昨日予約したシャトルバスに乗る。

電話で指示された通りの場所に早めに行って様子を窺がっていると、

次から次へと色んなバスやバンがやって来る。

予約した時間になって、目的地のVenturaと書いたバンが来たので、

それが私の乗るはずのバンかショーンコネリー似のドライバーにきいたら、

「うちじゃあないなあ、きっと『ロードランナー』だよ。

あっ、来た!あのバンだよ!」

というので、その「ロードランナー」というバンに乗り込んだ。

Road

すると、ロードランナーのドライバーは、

私の荷物を積んでから電話でしばらく話していたのだが、

もう座ってすっかり落ち着いている私に、

「あなたは予約していませんね。」と言う。

「ええ~!これも違ったの~?じゃあ、もう落ち着いちゃったし、

お金を払うから乗せてって!」

って言ったら、

ロードランナーのドライバーは私と同じ外人で、

「予約、先。電話、予約。予約無し、乗れない!」と言う。

「ええ~!いいじゃない、予約無くても~!」って言ったら、

「予約無し、だめ。電話して!」

の一点張り。

「なんて商売っ気がないのだ!」と思い、仕方なくそのバンを降りた。

その時点で、もう予約した時間から10分以上経っていて、

私の予約したバンは私が「ロードランナー」の後部座席でくつろいで、

前の席のビジネスマン2人の会話を聞いている間に

行ってしまった可能性が高かったのだ。

「アー、どうしよう~!」と思っていたら、

さっき私にガセネタ間違った情報を教えた、

あのショーンコネリー似がまだうろうろしている。

こうなったらあのショーンのバンに乗るしかない。

今乗らないと、夫が病院で一人で途方に暮れる時間が長くなってしまう。

元はと言えばショーンが悪いのだが、

そんなことにこだわっている場合ではない。

ショーンと交渉をし、目出度く私は彼のバンに乗って、

目的地の「Ventura County Medical Center」に

向かうことが出来たのだった。

それにしてもショーンの運転は荒いなんてもんじゃなかった。

高速の急カーブの入り口で携帯の番号を片手で押していた時には、

死ぬかと思った。

その後、高速の路肩で追い越しはするし、スピード違反しまくりだし、

とてもプロのドライバーとは思えなかった。

しかし、スピードがすごかったお陰で(?)途中で

私が乗るはずだったシャトルを追い越した。

私が、「あれに乗るはずだったんですよ!」とショーンに教えると、

その話題は避けたかったのか、ショーンはあやふやな返事しかせず、

しきりに座席のリクライニングの仕方なんか教え始め、

慌ててるもんだからリクライニングのレバーを壊してた。

よく話してみると、ショーンもロシア人で、アクセントのある英語を話した。

この人のお陰で私のシャトル計画は複雑になったのだが、

60歳くらいになって、お客が一人しか乗っていないバンを1時間半も運転して

40ドルしか取らないなんて、生活に困っているに違いない、

と人事ながら心配だ。

おしゃべりすぎるために私に余計なことを言って失敗もする彼だが、

話していると中々気遣いが出来る優しそうな人であった。

移民同士、助け合いだ。

一時間半走って病院の前に到着した時、

やっぱり私はちゃんとチップを渡して、喜んでもらった。happy01

P1030554

とうとう目的地に到着して、安心した私は、写真まで撮ってしまった。

とにかくほっとした。

緑が全く無い暗いシカゴから来たので、この緑が目にしみる。

青い空に、やしの並木。空気は暖かく、

カルフォルニアが両手を拡げて歓迎してくれているかのようだ。lovely

さあ、次は夫を見つけなければいけない。

病院へ入り、受付で聞くと、

そんな人は全く記録にありません。」という。

どこにいったのだ~!

(つづく)shock 明日はびっくりの展開~~!

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2010年3月12日 (金)

夫の救出のためCAへ-2

この前の日曜日に夫が出張のためにカリフォルニアへ旅立った。

夫がいないと夕飯の支度が簡単になり、まったりと過ごせる。

のんびりした気持ちで迎えた火曜日に朝早く電話が鳴った。

夫からで、

「今ERにいる。」という。

「もしかして、車をぶつけたか?」と、まず思った。

知らない土地でレンタカーを運転しているから、

心配していたところだったのだ。

ところが、「多分盲腸。」という。

「手術は避けたいから、薬でちらしてもらうようにたのもう。」

と夫婦で話し、電話を切った。

もし、手術になったら大変だ~!shock

もしそうなったら、私は子供と犬をどこかに預け、

飛行機に飛び乗って、

ロサンジェルス空港から1時間半の町までどうにかして行かなければならない。

急に旅に出るためには、しなければならない事が沢山ある。

その日に子供達のジャケットを洗って乾かさないと着るものがなくなる。

まず洗濯だ!

犬達は、ケネルに預けるためには予防注射が全部済んでいないと

いけないけれども、多分もう期限を切れている。

洗濯の次は、ケネルに電話して、注射のことを聞いた。

やっぱり期限が切れている。

それで、獣医に電話して、すぐにその午後に予約を入れた。

夫から電話が入った。

やっぱり手術をしなければいけない、という。

私がカルファルニアへ行くこと決定。coldsweats02

こんなに急に行くことになって、あわてたが、

夫は一人でさぞかし心細いことだろう、と思い、

とにかく行かなくては、と使命感に燃えてきた。scissors

今度の心配は、この前テレビのドラマで見た、

「残念ですが、ご主人は虫垂炎ではなく、虫垂癌でした。」

という展開にならないか、ということ。

そうなったら、カルフォルニアで長期入院するかもしれないし、

一体どうなるのだろう。不安が募る。

とりあえず、心配していても仕方が無いので、荷造りを始めた。

飛行機は、夫の職場のドナという人を通して取らなければならないので、

任せられて却って助かった。

ドナと電話で3回ほど相談して、今日はもう無理だから、

明日の朝一番の飛行機、ということで落ち着いた。

州外で手術になったので、健康保険のことが心配になり、

保険会社に電話。ちゃんと保険は下りるそうで一安心。

そのあと、主治医に連絡しなければいけないシステムなので、

主治医に電話

幸いなことに、すぐ近くに日本人のお友達Sさん家族が住んでいて、

子供達を預けることは、あちらから申し出てくれた。

そしてそのSさんが、「忙しくてお昼ご飯が食べられないかと思って。」と言って、

おにぎりをわざわざ持ってきてくださったのが、本当に嬉しかった。

昔から、「遠くの親戚より近くの他人」というけれども、

本当にこういう時は、友達の有難味を感じる。heart04

海外にいて、いつも心細い思いでいて、苦しかったり、

辛かったりする時、友達が一人もいなかったら、どれだけ寂しいことだろう。

本当にSさん家族には感謝している。

彼らがいなかったら、私は一体どうしたのだろう。

子供達も学校を休ませて連れて行くのは避けたかった。

話しがそれたけど、その後、、、

夫の手術は、シカゴ時間の3時ごろ行われた。

何も連絡が無いのは、上手く行った証拠だろう、と思い、

旅の支度に精を出した。

私が留守の間に子供達が着るものに困らないように洗濯を更に進め、

(合計4回した。)

インターネットで地図を取っているうちに獣医に行く時間になってしまった。

P1030548                      (獣医さんにて)

犬二匹を車に乗せ、獣医さんで診察を終え、急いで帰ると、

次男が学校から帰っていて、

家に入れなくて雨の中で窓から家の中をのぞいていた。

次男を家に入れてすぐに犬達をケネルへ連れて行き、

帰ってきたら、子供達を空手に連れて行く時間だった。

空手道場に子供達を置いて、家に引き返し、

ロサンジェルス空港から夫の入院している病院のある町まで

どうやって行こうかインターネットで調べていると、

シャトルバスがあるのを見つけた。

シャトルを電話で予約し、子供達を空手から連れ帰りに出かけた。

ついでに、日本食料品店に寄って、

炊いてあるご飯のパックとインスタントうどんなどを買った。

盲腸の手術のあと、ホテルで食べられるものを持っていかないと

いけないと思ったからだ。

こういう時、日本にいたらどこでもお米が手に入るけれど、

アメリカではそうもいかない。

アメリカ人ならオートミールを食べるのだろうけれども、

それでは夫がかわいそうだ。日本人はやっぱりお米よね!

帰ってから明日の朝乗って行くタクシーを電話で予約し、

子供達に夕飯を支度した。

次の日の朝、私は子供達が学校へ出かけるのより早く

空港へいかなければならないため、

子供達が困らないようにいつもは朝することもした。

これだけしたら、もう寝る時間になってしまった。

気がついたら、この日一日、全くゆっくり座っている時間も無かった。

「いよいよ、明日は、カルフォルニアだ。」と思って床に就いたが、

全然嬉しくなかった。

カルファルニアなのにい~~!!><

翌日は驚きのハプニング!weep

長いので、明日につづきます。

2010年3月10日 (水)

夫救出のためカルフォルニアへー1

なぜか突然カリフォルニアにいるのです。

今日は、朝の6時にタクシーに乗り、

飛行時間4時間半、なんとかロスアンジェルス国際空港(LAX)に着き、

シャトルバスに乗り換えて1時間半乗り、

Venturaという町に到着。

予約したシャトルバスがどれだか分からなくて、

人に聞いているうちに乗るはずだったバスが行ってしまい、

急遽そこに来たシャトルバスに乗ることにして50ドル損してしまったり、

他にもハプニングがあったのだが、なんとか無事に到着。

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ロスに来るのはこれで3回目。

ロスに来ると、「ああ、アメリカだ〜!」と思う。

それは、ロスが、アメリカで初めて来た町だからかもしれない。

どこに行ってもヤシの木が生えていて、

3月だというのに、色とりどりの花が咲き乱れている。

ロスは、私にとって、浮き浮きする町だ。

よく考えてみたら、22年前、大学生の時にやって来た初めてのロスも

丁度この季節だった。

多くの同級生達が、休みになると海外へ語学研修やホームステイへ

出かけていくような大学に通っていた私は、

周りの波に乗って、意気揚々とホームステイへやって来たのだった。

今考えると、アメリカのことなんて何も知らなかったし、

英語も片言しか話せなかったのに、よくも一人で来たものだと思う。

生まれて初めて飛行機に乗ったのもその時だったので、

飛行機の中で英語で飲み物を注文して、

ちゃんとジンジャーエールが出て来た時は、

とても嬉しかったことが忘れられない。

飲み物の注文さえろくに出来なかったのに、

アメリカ人の家族の中で突然暮らし始めて、

毎日がカルチャーショックの連続だったけど、

その時に出会った素晴らしいアメリカの人々のおかげで、今の私がある。

お世話になった家族は、とても明るいクリスチャンで、

全くのボランティアで、私を預かってくれた。

私を娘同然に扱ってくれた彼らの愛は、簡単に語れない。

また別の時に書こう。

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あの時から時は流れて、もうアメリカに本当に住み始めてから14年になり、

何をするのも、なんとか英語で出来るようになった。

(上手な英語かどうかは別として、ちゃんと用は足せる。)

知らない町で、ちゃんとレンタカーも運転しているし、

ホテルでの色々な交渉もちゃんとしている。

22年前の、頼りない英語力しか無いけれども、

向こう見ずで挑戦的だった私から見たら、

今の私はとても頼りがいのあるおばさんになっているはずだ。

おばさんだから、日本に居たらこんなこと全部出来て当たり前だけれども、

常識と言葉が違う外国では、大変なことだ。

たまに、私はなんでこんな外国で苦労して暮らしているのだろう、

と思うことがあるけれども、

22年前の私が見たら、「偉いよ。」と褒めてくれそうな気がする。

私のアメリカでの原点であるカルフォルニアにいるから、

そんなことを思う。

さて、どうして私がカルフォルニアに来たのか、

そのお話はまた次回。




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